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Column - Saika

2008/2009 春 花吹雪

今年の桜は遅咲きばかりだなどと人が言うので、うっかりしていると満開を過ぎていた。

春は気付けばすぐに過ぎ去っていく季節なのだなと、まるで今朝見た夢のようだと思い出せない夢を追いながら、久しぶりに大学に行くことにする。道中で八ッ橋屋に会うと、商い物にならないという割れた八ッ橋を一袋持たせてくれた。

学び舎に行けば行ったで、ばらばらと友人が顔を出している。

「また、遅寝か」

医学の専攻である、松村が声をかけてきた。

「ああ、すっかり寝てしまっていた」

「もうとうに、講義ははじまっているぞ」

「いいのだ。桜を見に来た」

気楽なものだ、と言いながら、松村もそのまま教室に入らず、私の後に続いた。厳格だと聞く医学科というのに良いのかとも思ったが、せっかく桜の季節なので、何も言わずにいることにする。

大学の構内には、桜が数多く植えられていた。吉田の山の山桜も悪くは無いが、たまには派手な桜を愛でても良い気がする。

「どの桜を見るのだ」

「どれでも良い。人のあまり集っていない場所ならば」

それは難しい相談だな、と松村は笑った。たしかに、大学内は学生が普段よりも多い。新しく入った学校で、何かを得ようと必死になっている若い姿なのだろう。

ここにしよう、と中庭の椅子に松村が腰を下ろす。

「桜は遠いでは無いか」

「まあ、見ていると良い」

仕方無く桜とは離れた場所に座り、八ッ橋の包みを懐から出した。松村に差し出すと、ぼりぼりと音をたてて頬張っている。一欠けら取り出し、私も手に持った。

ところに、大きな風が舞った。

「ほら、見ろ」

ざあ、と音がする。

目の前いっぱいに白いような桜の色が、泳いでいる。

「これは」

「ここからが一番綺麗なのだ」

松村の言う通り、周囲の桜全てを吸い込んだ桜吹雪が広がっていた。このような風景はなかなか見ることが出来ない。

「皆、近くに行こう行こうとするけれども、この辺りが一番良い」

医学を志す者は現実的で、桜を愛でるなど知ることは無いなどと思っていたが、とんだ思い違いだったようである。私はいつまでも、八ッ橋を頬張る松村と共に桜吹雪の真ん中で、座り続けていた。