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Column - Saika

2010/2011 夏 夕立

夕方になっても熱がこもった日が続く。暑い暑いと打ち水をやっていたら、大家が私を見て可笑しそうにしている。理由を問うと、意味が無いことを熱心にやってはるから、と言う。

「少しでも涼しくなりませんかね」

「そうと違て、もう雨になりますよ」

空を見上げても、晴れ空が蒸し暑さを投げかけている。

「雨、ですか」

「ええ、雨になりますわ」

大家はまた、可笑しそうに皺を深くした。それでもじっとしているのは耐えられなかったので、私も笑いながら打ち水をやった。濡れた路地は、暫くすると熱を吸い込み空へと逃がしてくれる。

「これは涼し気な」

通りかかったのは、松村だった。

「やはり、こういう夕刻は打ち水に限る」

「そう思うだろう。だけどな、大家さんは無駄だとおっしゃるんだ」

「また、そんな」

私が意地悪そうな表情を態とすると、大家は笑う。夫に先立たれてからも下宿を続けているのは、学生とのこうしたやりとりが自らを若返らせるからだと聞いていた。確かに、彼女は年齢など考えようとするのも失礼なほど、艶やかである。

「打ち水が意味無い言うんやないですよ。どうせ本物の打ち水が来るから、言うてるんです」

「夕立がくると」

ええ、と頷く大家に、松村は怪訝な顔で空を見上げた。雲は少し出ているとはいえ、暗い気配は全くない。

「それならば、大家さんの言うことが本当か、ここで少し待たせてもらうとするか」

「良いのか。本当ならば、帰るときは濡れ鼠だぞ。私は破れた傘しか持って居ない」

「賭けとはそういうものだろう」

八ッ橋屋が通りかかったので、雨が降ると忠告をしてみた。やはり、男も笑いながら信じていない様子で過ぎていく。

ところが、間も無く突然辺りが暗くなって夕立がはじまった。見上げれば何時の間に出てきたのか、灰色の雲が立ち込めている。

「これはまた」

松村は目を丸くして、濡れるのも構わず立ち尽くしてしまっていた。

過ぎていった八ッ橋屋が、走って舞い戻ってきた。大家が雨宿りを快く受け入れて、四人でお茶をいただくことになった。

「今度はどのような魔法を」

「投げた下駄がひっくり返っただけです」

もし本当ならば、今度、大家に下駄の投げ方を教授してもらわねばならない。