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Column - Saika

2010/2011 秋 小春日和

目の前で休んでいた赤蜻蛉を、何という目的無く羽を摘んで捕らえると、突然拍手をされて気恥ずかしくなってしまった。

蜻蛉が欲しいのだが捕らえられず、仲間内で笑われているという小学生の男の子である。暇を持て余していたこともあったのでコツを教えてやると、何度か試すうちに驚くほどうまく掴めるようになっていた。

「きっと、あれは素質があったのですよ」

などということを、いい気になって大家に話していた。

それを聞きつけたのであろう、翌日店先を通ると、八ッ橋屋が私を見つけて走り出てきた。

「赤蜻蛉捕りがお得意やとか」

そのような特技に数えることも出来ない子供染みたものを大層に言われてしまい、顔が赤くなる。

「得意なんてものでは。ただ、捕れるというだけです」

「捕れるならば結構。ちょっと見て欲しいものがありまして」

八ッ橋屋は、店の脇の小さな隙間のような路地に、私を案内した。蒸気の音が頭上をかすめ、管から白い煙が立ち上がっている。米の香りが肉桂と混ざり、なんともいえない空腹を覚えてしまった。

まさか、こんなところに蜻蛉は居るまい。

「こっちですわ。これ、なんとかしてやれませんか」

指した先に居たのは、蝶だった。オレンジ色の羽根に黒の斑点が秋らしい。などと思ってみたが、どう見ても春の蝶である。

「ベニシジミやと思うんです。どこか暖かいとこに移してやりたいけど、全く捕まらへん」

何故春の蝶がとも思ったが、ともかく捕ることにした。蜻蛉の要領とは違うので大分梃子摺りはしたものの、何とか手に収まったので、八ッ橋屋の持っていた籠に移し変えた。火を炊いている暖かい場所に置くという。

「たまたま、赤蜻蛉の話を耳に挟んで良かったわ」

わざわざ、迷った蝶を生き延びることの出来る環境に移してやるということに、八ッ橋屋の意外な局面を見た気がした。

せっかく普段入る事の無い路地に居るので、暫く肉桂と米の香りを楽しもうかと、辺りを見渡した。すると、空に近い場所に一つ、まだ新しい蛹がついている。これは先ほどのベニシジミのものであろう。

空を見上げると、雲ひとつ無く晴れ渡った青空は、どこか暖かいようなくすぐったい風を吹き込んでいた。

「春と間違えて出てきたんやと思います」

籠を置き終えた八ッ橋屋が戻ってきて、蛹を見上げる。

蝶までも季節を間違えるとは、これこそまさに小春日和と呼べる秋の一日であるな、と、古人の命名に頷いた。