ONLINE
SHOP

Column - Saika

2007/2008 秋 時雨

朝から降ったり止んだりの空模様ではあったのだが、外に出る時分に晴れていたことに甘え、傘を持たずに出かけた。残念ながら、というか、矢張りというか、雨になった。

 下宿まではあと少しではあったのだが、八ッ橋屋の軒下で雨をよけることにする。暫く眺めていると、だんだんと雨が水では無いものに見えてくるのも、不思議であった。秋の雨は、細かい為かもしれない。

 「雨宿りですね」

 がらりと扉の音をたて、暖簾の脇に八ッ橋屋の男が現れる。

 「お借りしています」

 頭を下げると、傘を貸そうか尋ねてくれる。

 取り立てて急ぐ用事も無い、自由気儘な学生の身であるので、雨を眺めることにして断った。

 「では、こうしましょうか」

 八ッ橋屋は一度奥に戻ると、長椅子を出してくれた。二人で並んで、軒下から雨を眺めようと腰掛ける。

 「ああ」

 思わず、声をあげてしまった。

 「こんなもんですわ」

 八ッ橋屋も笑う。

 雨を鑑賞するための設えであったのだが、腰をかけた時にはもう雨は止んでしまっていたのだ。細かい雨なので、途切れる瞬間がわからない。

 「さすが、なんやらと秋の空言う」

 「まさに」

 せっかく出してきたのであるからと、私と男とで並んで雨上がりを観ることとなった。奥からさらに、八ッ橋と茶が出された。

 雨上がりの路面もまた、ところどころに鋭い光が走って美しいものである。

 「風流なことで」

 通りかかった女性が声をかけてきたと思えば、大家であった。

 「雨に逃げられまして」

 「あら。またすぐに戻らはる思うけど」

 微笑んで手を(かざ)すと、大家は蛇の目を広げる。はて、雨の気配は無いと思い空を見上げると、途端に蛇の目を水が打つ音が聞こえ始めた。

 「ほらここに」

 成る程、時雨とはこのように変わりやすいかと、また水では無いかのような雨を観る。肌寒い雨であるので、熱い茶が嬉しかった。

 「矢張り、女性の方がわからはるんやな」

 八ッ橋屋が呟いた。

 「秋の空、ですからね」

 大家は涼しげな足取りで、ぱらぱらと音を鳴らす蛇の目を持って、歩いていた。