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Column - Saika

2012/2013 夏

雨ばかり続いていたので億劫になり部屋に篭もっているうちに、すっかり夏が来ていたようである。久しぶりに散歩でも、と南の方まで足を伸ばした。

この時期は過ごしやすいのか、旅行者らしき人々が行き交っている。大勢が下宿の傍の八ッ橋屋の包みを下げていて、しばしその包みの行く先に思いを馳せた。この町から、まだ私の知ることの無い場所へ、もしくは一部は異国にまで連れられていくのであろう。肉桂の香りは、大陸などには似合うに違い無い。

人に酔いそうになったので、草むらへと入ることにする。

舗装道路が出来て便利になったと皆は言うが、どうも私にはこの足にべったりとくる感触が、好ましくない。あまりにも地面の凹凸が直接的に体に響くために、居心地が悪くなるのだ。

辺りには舗装道路がどんどんと増えてきていた。そのうち土の上を歩くことの方が珍しくなるのかもしれない。足も疲れていたので、柔らかい土に腰をおろし一休みする。

いーち、にーい、さーん、と、どこかで子供が数えていた。隠れ鬼でもしているのであろうか。そのまま十まで数えると、途端に静かな昼下がりとなった。

子供の頃、隠れ鬼をして遊ぶことが多かった。

走ることが余り得意でなかった私は、似たような子供たちと遊んでいたので、追いかけ鬼よりも隠れ鬼をするようになったのである。夏のはじめの昼下がりは、決まってそうして過ごしたのでは無いだろうか。私は要領が悪く、何度も鬼になることがあった。

一度、鬼になったときに、何時までたっても仲間を見つけることが出来なかったことがある。遊んでいた野原では虫が飛び立ち、木々の間からは風が通り抜け、この世の中には自分以外誰も居ないのだと思い込んだ。

突然そのような光景が頭に浮かび、どうしようもなく淋しい気持ちになっていく。

「ほら、こっち、見て見て」

呼ばれたのかと飛び起きて、自分が眠って居たことに気付いた。草の後がついているのであろう、ぼんやりと右頬が痛む。

薄手の紺の着物の女が、手を振っていた。はて誰であったかと考えながら振り返しかけたところで、それが自分の傍の男へのものだと知り、手の行き場を無くして頭を掻いた。

「ほら、あれ」

幸い私の勘違いには気付いていない様子で、女が指した方を見た。

そこには、大きな虹が架かっていた。おそらく、数日続いた雨の名残なのであろう。七色の光を、見事に曝け出している。 隠れ鬼で鬼となったときに、初めて空を見上げて虹を見つけた日を思い出した。他の子供たちは隠れていたので私一人が見たこととなり、大層自慢に思ったものである。