2016/2017 秋 宵闇
日が暮れた後に庭からがさごそと音がしている。野良猫にしては大きく物盗りではあるまいか、とランプを片手に降りてみたところ、何のことは無い、大家が枯芙蓉を摘んでいるのであった。月の無い宵闇の中、驚かすのも申し訳ない。声をかけようか、と思案していると、横から声がかかった。
「こんばんは」
見れば、隣人の学生である。
「こんばんは。あなたも」
ええ、と、隣人は人懐こそうな笑顔を見せて、無言で大家を指し示した。
「大家さんのお部屋は一階ですから、何かあれば大変だと思いまして」
「確かに。女性の一人住まいは何かと物騒と聞きますからね」
そのような話を窓越しにしていたところ、大家の耳に届いたらしい。
「そのようなとこで話し合いながら私を気遣わはるんやったら、部屋に来てお茶でも飲まはるとええ」
このような時間に、と二人揃って辞退しようとしたものの、庭の大家を一人で放り出す訳にもいかず、三人で枯芙蓉を摘むこととなった。
そこに、高らかに下駄の音がする。
「これはこれは、お揃いで」
松村であった。
「このような時間に通りかかるとは、さては、また泊めてくれとでも言う気だな」
「いや、すっかり遅くなってな。最寄り駅の最終を越えてしまった」
松村が住むのはここよりも遠い外れの場所であるため、市内の電車はあっても最寄の電車が無くなるのが早いという。そのため、何度か私の部屋にこのような日暮れ後に来ては、宿をとっている。大家も、松村に家賃をとってもいいのでは無いだろうか。
「ご覧の通り、今宵は忙しい」
「枯芙蓉か。また、珍しい。何なら手伝うとしよう、泊めてくれ」
勝手な言い分である。
「人手もあって賑やかで、それもええでしょう」
顔を出したのは八ッ橋屋であった。通りかかったのか、松村が誘ったのか。大家が嬉しそうな顔をするので、総勢五人で庭に立つことになった。
「この時分にこうして集うとは、なかなか珍しく楽しいことですね」
「ええ。秋の夜長やもの、こうして過ごすのが一番でしょう」
まだまだ、夜がはじまったばかりの薄い灰色である。