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Column - Saika

2016/2017 初秋 菊日和

古書店に向かい歩いていると、汗が流れてきた。気持ちだけでも、と今年はじめて袖を通した着物が、さっそく汗に濡れてしまい恨めしい。暦の上ではもう秋であるのに、と晴れた空を眺めながら引き戸を開けると、ひんやりとした空気が漂っていた。

 馴染みの本屋である。暫く本を手に取り眺めていると、持参した八ッ橋と冷たいお茶を奥から出してくれた。

 「いつもおおきに」

 店主もぽりぽりと、菓子を齧(かじ)っている。

 「同じものばかりで」

 「いいや、扉が開いてこの香りが漂うと、来はったな思て頬が緩む。これがええんですわ」

 ぽりぽりという二人の音を聞きながら、小一時間ほど本を眺めて過ごし、三冊を手に帰ることにした。

 「それにしても、すっかり京都の人にならはって」

 店主の言葉に、驚いてしまった。

 「未だに京のことばも使えません」

 「慣れへん者がわざわざことばから入ろうゆうんは、京都らしさとは全く違いますわ。その格好といい、纏(まと)うてはる空気が、なんや京都らしい」

 菊日和の空によう合う色や、と店主は目を細めた。

 せめて暦に合わせて秋の色を、とおろした着物である。空を見上げればどことなく青の色が落ち着いて、たしかに秋になっていた。

 京都で初めて迎えた初秋には、暑さに辟易してうろこ雲の日に浴衣で出歩いていたのを思い返し、恥ずかしくなる。

 思えば来年の今は、もうこの町からは離れている。別の場所にいけば、また私は暦を気遣う心を忘れてしまうかもしれない。

 淋しさとともに、どこかぽっかりと心に隙間が出来たように思いながら家に向かっていると、表を掃いている大家に出逢った。

 「あら、菊日和らしい色」

 「浴衣で歩いていた秋を思い出していました」

 「暦ゆうんは、時代がうつっても案外、正しくなっているもんでしょう。どんなときでも、どこに居はっても」

 季節はちゃあんとやって来ますよ、と、胸の内を見たかのように大家はころころと笑った。

 来年も再来年も、立秋を過ぎれば私はこの着物に袖を通すだろう。暑い暑いと文句を言いながらも、浴衣の人を尻目に、小さな秋を見つけて嬉しく思い続けているに違いない。