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Column - Saika

2012/2013 冬 あられ

寒さに億劫になり、晴れているのに外出をしていない日が続いた。今日こそはと薄い羽織を幾重かに重ねて古書店へと出向く。雲がかかっていたので、よく当たる天気予報を聞きに大家の部屋をのぞいたのだが、留守であった。

世話になっている古書店であるので、思い切って八ッ橋屋を呼んで一品求めて行くことにした。私の懐具合に許されるものということで一番安価なものを選んだのだが、土産物という頭でなかなかこのところ口に運ぶ機会を作っていなかったと、大層喜んでもらえた。下宿のすぐ脇に店があると言えば、別段私の手柄という訳でも無いのにその風情を褒められ、悪く無い気分になる。そのまま気が大きくなった為に、古書を数点求めようかと店内を散策していると、パラパラと音がした。

さては雨が降ってきたかと、慌てて外に向かう。軒下には、店主が外を見ていた。

「雨ですか」

「いや、雨と違う。これは、あられやろ」

「あられ、ですか」

見れば、雨の辿る細長い透明の蜘蛛の糸を鋭くしたかのような線とは違い、ただ点のままで白いものは降っていた。手に取ると、美しい氷の粒である。

「あられが降れば、もう、雪の季節になったいうことやな」

店主の言うとおり、空気がさらに冷えてきていた。パラパラと音をたてて転がるあられは、まるで金平糖のようで美しいと思っていたが、寒さのためにその余裕が無く思わず羽織の両襟を重ね合わせていた。

「そないな格好で帰らはったら、風邪ひくわ」

私の寒そうな様を見て、店主は裏へと行くと一着のインバネスを持ってくる。

「これ、うちでは誰ももう着いひんから、使てくれたらええ」

「しかし、このようなもの」

「ええから、ええから。菓子のお礼や思て」

菓子に上着とは、海老で鯛を釣るようなものである。何度も断ってみたが、あまりにも店主が勧める上に最後には怒ったような口調になるので、有難く頂戴することになった。書物も濡れずに持ち帰ることが出来るので、大変便利である。

帰り道、パラパラというあられの音が大きくなったと思うと、背後から蛇の目の大家が現れた。彼女の天気予報は、今日も当たっていたらしい。

「素敵なインバネス、どこの洒落た旦那さんかと思ったら」

「お世話になっている方に、いただいてしまいました」

「あら、それはそれは」 このあられのおかげかしらと、大家は微笑んだ。パララパララと、インバネスに当たったあられがたてる音が面白くなってきていた。