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Column - Saika

2014/2015 夏 夕凪

西日で午後になると部屋がすっかり蒸しあがってしまったため、本を読むのを諦めて早めに汗を流すことにした。

 さすがに平日の、陽のある時刻である。銭湯はすいており、ゆっくりと浸からせてもらう。風呂あがりに牛乳も飲み、良い気持ちになって暖簾への曇りガラスを開けた途端、もわりとした塊のような熱気が立ち上っている。これでは汗を流した意味が無いではないかと、夕闇に包まれながらも暑さの消えない道を前に腹立たしさを覚えた。

 全く風の無い夕方である。夕凪、というのは海の町で使われる言葉だと聞いたが、この状態は盆地でもそう呼んでも良いだろう。

 さっそく噴出した汗をぬぐいながら歩いていると、どこからか甲高い鳴き声がきこえた。もう下宿の前ではあったが気になり、周りを少し歩いてみると、メジロが二羽鳴いている。鳴く先を見れば、路地の茂みの中に小さな雛が座り込んでいるのだった。

 雛鳥の季節はとうに過ぎているので、遅く生まれてしまったのだろう。羽もきちんと伸びていない。巣から落ちたか飛ばされたか、時々親鳥たちを見習って必死で羽ばたくも、なかなか飛び上れずにいるのが痛々しい。

 汗が滴るのも気にならなくなって眺めていると、大家が下宿から出てきた。

 「どうしはったんです?こんな風の無い中で」

 「雛が、そこに」

 指さすと、おやまあ、と大家も声をあげ、手を差し伸べかけたところで親鳥に気づいてやめた。

 「人が一度触ると親も見捨てる言いますしねぇ」

 「どうしたものかと思って」

 二人で眺めていると、八ッ橋屋や隣の学生をはじめ、近所に住む人々が集まってきて、ちょっとした集会のようになった。口々にがんばれ、と羽ばたくと応援をし、落ちると溜息をつく。

 だんだんと日が落ち、あたりが闇に包まれていった。カラスの羽音や猫の声が近づいてきたのがわかり、応援に力が入る。

 「日落ちたら、段ボールにでも入れよか」

 「このままやと生きられへん。うちで預かろか」

 口々に皆が相談しだした時に、凪いでいたはずの路地に、一筋の風が巻き上がった。ぴい、という声がして、雛が精いっぱい羽ばたいたと思えば、風の力を借りて下宿のカラタチにとまる。

 息を呑んでいると親鳥たちも鳴きやみ寄り沿い、どうやらその木に住処があると知れ、安堵の声とともに集会はお開きとなった。

 本当に良かった、と残った下宿の皆で話していると、大家が私を見てくすりと笑う。

 「お風呂が台無しやないの」

 早めの湯を済ませていたことすら、忘れていた。浴衣は夕凪の中の熱気ですっかり汗に濡れ、色が変わっている。これでは風邪をひいてしまうので、贅沢な話ではあるが、銭湯に向かうという隣人とともに、もと来た道を戻ることにした。  夕凪が先の風をきっかけに動きだしている。次に帰るときには先より過ごしやすくなっているであろう、足取りが自然と軽くなった。