2014/2015 秋 神渡し
吉田山を歩いていると、突風に出会って尻餅をついてしまった。大風になるのか、と不安になるも、その一筋の風だけであとは、秋晴れの落ち着いた青空が広がっている。
まるで人を乗せていくかのような勢いに驚きながらも立ち上がり、服についた土を払っていると、同じような仕草をしている八ッ橋屋が居た。
「物凄い風でしたね」
「ほんまに」
近くに住むご隠居に、山を越えて菓子を届けるところだったという。割れないようにと守ったところ、ひっくり返ってしまったと笑った。多くの箱を抱えており、よくぞすべてを守ったものだと、感心する。
「あれはぎょうさん乗ってはったわ」
「誰か乗っていたのですか」
人が乗りそう、とは思ったが、本当に風に乗ることが出来るなど人ではあるまい。どういうことかと思っていると、出雲に神々が帰っていくのだと言う。
なるほど、陰暦の神無月に出雲に神が集うというのはこのことか、と見上げていると、またもや梢が揺れはじめていた。
「はよ行かな、また次が来はるわ」
ざわざわと音をたてる木々を抜け二人で慌てて山を駆け上がり、私もご隠居のところに付き合うことになった。
上り框で熱い茶をすすりながら八ッ橋屋とご隠居の話を聞くでもなく耳にしていると、どうやら八ッ橋がひと箱足りていないらしい。東京に届けるもので、多めに注文をしたのでひとつぐらい問題無いとのことだが、まさか数を間違えるとはとすっかり八ッ橋屋はしょげてしまっていた。店を出るときにも、何人かで確かめたのだという。
落とした筈は無いしどこで失ったものか、と呟いているのを聞いて、もしやあのとき、と思いたって口を挟んだ。
「落としたとすれば、あの西風でしょうか」
「あのときの、神渡し」
ご隠居に突風で転げてしまった話をすると、それならば、と納得される。
「大きいのが何度か吹いたとこ見ると、相当急いではる。出雲に遅れて着くし、手土産に持っていかはったんやろ」
人ではなく、神々に持っていかれたのならば仕方あるまい。寧ろ津々浦々の神々への手土産になったのならば、帰り道に今度はどなたかが店に来てくださるのではないか、と八ッ橋屋と笑いながら、風のやんだ落ち葉の道をまた降りていった。