2007/2008 冬 木枯し
散歩をしたり、思い出したかのように大学の講義に顔を出したりと、毎日を同じように過ごしているうちに吉田山の木々はすっかり変容してしまっていた。冬になったのである。
寒い寒いと言っても貧乏学生の身で、部屋に暖かいストーヴがある訳でも無い。下宿の庭で焚き火の炎が見えたので、思わず近寄っていった。
「おやおや、人寄せの魔法のようですね」
大家の言葉どおり、そこには先客が二人ほど居る。会釈をして、羽織の前をしっかりとあわせて炎に手を翳した。
暖をとっていると、焚き火ですかと声がした。通りがかりらしき二人連れはそのまま庭に滞在し、またしばらくすると、人が寄る。なるほど、これは本当に魔法のようだと、大家の顔をまじまじと眺めてしまった。
「焚き火ですか」
また人が、と見れば、近くの八ッ橋屋の男である。
「どうぞ、暖まっていってください」
ありがたい、と肉桂の香りは言い、熱にあたったせいかさらに香ばしく感じられる。空腹を感じていた時分であったために、今度は八ッ橋屋を眺めてしまった。
風が吹けば火が大きくなる。木枯し、という言葉は、木を枯らすと書くのだから残酷なものである。名前を聞くだけで恨めしくなりそうな風を、火に当たっていない背中で感じている。
入れ替わりながらも人が増えているので、本当に魔法使いですねと大家に向けて言った。
「いえいえ、私が魔法使いなわけでは無いですよ」
「こんなに人を寄せるなど、隠し持った魔法の技でしょう」
悪ふざけがてらに言い募ると、彼女は優しい表情で天を仰いで言うのだった。
「魔法というなら、これが魔法です」
「これとは」
「木枯しですよ。人がこんなに寄るのは、木枯しのおかげやと思います」
「木を枯らしてしまうというのに、庇われる」
「一度枯らしてまた咲かせるために、枯らすのでしょう。人が寄るように、冷たい素振りをしてることかてあるかもしれません」
魔法などではない、大家の心が人を寄せているに違いない。