ONLINE
SHOP

Column - Saika

2012/2013 初秋 満月

大家が欲しがっていたのを思い出して、夕刻になってススキを探しに鴨川へ降りた。

草を分けて歩くたびに、虫の声が辺りより鳴り響き、これは鈴虫の何匹か踏んでしまっているのでは無いだろうかと申し訳なくなる。成る丈、音をたてて草を揺らしてから足を降ろすように心がけた。

夏の湿気を思い出すことが出来ないほどに、風が秋を含んでいる。肌寒さも覚えた。

先日見つけておいたススキの群生は何処であったか、と見渡し、余りにも慎重に歩きすぎていたのか、いつしか影が色濃くなっていることを知った。暗くなれば他の草と見分けがつかない。ススキかと掴めば葦草で、これは諦めるとするかと思ったときに、嗅ぎなれた肉桂を捕らえ近づいていった。

「こんばんは」

「これはこれは」

大家がススキを望んでいる件りを話すと、男が表情を緩めたのがわかった。

「けれども、暗くなってしまってススキか葦かの区別もつかなくて」

なるほど、この雲でしたからね、と八ッ橋屋は言う。

「なに、心配することありませんわ」

ほれ、との掛け声を合図にしたかのように、川原が明るく光りはじめた。何事かと思えば、月が雲から出たのである。

「ここらへん、周りはみんなススキやし、好きにとっていかれればよろしい」

何のことは無い、男はススキの群生の真ん中に座り込んでいたのだった。

「今宵は満月なんで、ちょいと月見をと思いまして」

手に団子まで持っている。おひとつどうぞ、と差し出されたので口に入れると生八ッ橋で出来ている。餡も少しついた贅沢さで、工場での残りで誂えてきたのであろう。

「大家さんも、家で今宵月見をなさるつもりなんやないですか」

ススキをと言われるがままに降りてきたものの、月の満ち欠けのことはすっかり忘れていた。これは私が届けたのでは、力不足というものであろう。

「不躾で無ければ、代わりに届けていただけませんか。団子がある方が喜ばれると思います」

「私などでよろしければ、いくらでも」

八ッ橋屋は、私が手にしていた鎌を使って鮮やかにススキを刈り取ると、月灯りの中去っていった。

男が座っていた場所に腰をおろして、辺りを見渡す。見事なススキが露を含んで、宝石か何かのように輝いていた。 見上げれば、欠けることの無い月が、白い光を惜しむ事無く曝け出していた。団子は食べてしまったが、また肉桂が香ったような気がした。